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fourteen years and counting

みくしと内容殆ど一緒なんてのは滅多な事じゃやらんのですが、今日だけはこれ以上の事が書けないというかなんと言うか。

一年の中で、本当にこの上なく真面目な事を書く日ってのはあんまり無いんですが、この日だけは普段の杉野らしくない、若干重めの話を出さずに居られないんです。

偶然14年前のこの日に神戸に居て。
偶然この災害に巻き込まれて。
幸運にもこうして今もまだ生きていて。
でも本当に「偶然」と「幸運」のお陰で、あの時命を落とさずに済んだんじゃないかと、当時の映像や画像を見る度に思う。

5-6年前の歴史のレポートの題材として取り上げて以来、マトモに当時の写真や記事を読んでいない気がする事にふと気付いた。
尤も、見ずとも読まずとも、当時の事はまだ幾らか記憶にある。

揺れの方向が違っていたら、家具の位置が別の場所だったら、弟は僅か5歳で命を落とし、二人姉弟から一人娘に戻っていたかもしれない。
状況次第では、逆に弟は姉を失い、一人息子になっていたかもしれない。
“if”なんて考え出したらキリが無い。
それでも、現実と違う可能性が浮かぶ度に、自分が、そして家族がこうして無事だった事に安堵せざるを得ない。

揺れや停電に怯える事は流石になくなった。それでも、14年の歳月をもってしてもあの時自分の身に起きた事は忘れられない。
簡単に忘れられるものではないし、簡単に忘れられるものであってはいけないんじゃないかと思う。

他人事じゃないから、今でもその時の事が思い出せるから、思い出せる間は振り返り、そしてこれからも忘れないようにしたい。
人々の記憶からこの出来事が少しずつ消えつつあろうとも、せめて被災者の自分達の記憶の中には、たとえそれが苦い記憶であろうとも、残しておかなければいけないんじゃないだろうかと思う。

14年前の今日、阪神淡路大震災の犠牲になった全ての方々に、謹んで哀悼の意を捧げます。

つくづく在外生活中だと実感。

寮主催のバーベキューに行って来たんですが、特に知らん相手とも普通に会話始められるってのはやっぱりこっちの人ならではなんじゃないかと思った。そりゃ確かに同じ寮生同士なんやし、別に気兼ねせんでもええんやと思うけどね。

ただ、別に寮に限った事じゃなくて。
例えばバス停でバス待ってる時に、隣に立ってる見知らぬ他人と普通に「今日も冷えますよね」「ですねー、いつになったら夏になるんでしょう」なんて世間話を始めるってのは日常茶飯事。
でもそんなん日本じゃあんまり考えられないんじゃないかと思う自分が。

デト時代だったか、イースター連休の時に親と一緒にスーパーへ行った時だったか(恐らく荷物持ち要員)、支払いが済んだところで社交辞令で「Happy Easter」ってレジの兄さんに一言。「こういうところが焔夜と違うんやね」と親に言われた記憶がやたら残ってる。多分デトに住み始めた頃、通学時に利用してたバスの運転手に日常的に「Have a good one(良い一日を)」って言われ続けてたのが切っ掛けだったのかもしれない。以来俺もそういう一言をわりと頻繁に口にするようになった気がする。今でもバイト中に電話の応対の最後に「Have a good night」なんて一言をつけるようになったし、スーパーでの買い物が終わった後やバスを下車する時に「Have a good one」やら「Thank you」って言ってる気がする。
こういう一言を口にするのが礼儀だってわけじゃないと思うけど、一言口にするだけでも何かと気分が良くなるって思うのは単なる自己満やろか?